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硫黄島日米合同の追悼式

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朝から、PM2.5の襲来で、春霞。空ががかすんでる。
よって陽射しも元気がない。


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NHKオンラインより
■73年前、日米軍の間で激しい戦闘が行われた硫黄島で、
24日に日米合同の追悼式が行われました。
硫黄島では、日本側でおよそ21900人、米側でおよそ
6800人が犠牲になりました。

追悼式は、日米双方の戦没者の遺族や政府関係者ら230人
が参列して行われた。3年ぶりに閣僚として小野寺防衛大臣
と加藤厚生労働大臣が参列し、日米双方の参列者が花を
手向け、全員で黙とうして犠牲者を慰霊しました。


以下、青山さんが語る硫黄島のはなし。鬼気迫るものが…

硫黄島にはこの時戦争は末期だったため、ほとんどの人が
職業軍人ではなく、元は一般の方々だった。無事生還出来た
者はたったの1033人。 お骨として帰って来た者は8000人
ちょっと。残りの1万人以上の日本人の骨がまだ埋まったまま。
しかも、彼らは今の多くの日本人に忘れられている。

米軍は硫黄島を占領した後、たくさんの日本兵の遺体の上に
そのままコンクリートを流し滑走路を敷いた。戦後から23年後、
米から返還された硫黄島は自衛隊が管理することになり、埋も
れた彼らの骨を拾うためその滑走路は、ずらされた。しかし、
完全にずらしたわけではなく、元の位置と大部分が重なるため、
まだたくさんの骨がそのままである。 自衛隊機や硫黄島に来る
飛行機は、今でも彼らの骨の上で離着陸をおこなっている。

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硫黄島には、日本兵たちが掘った地下壕がある。 その地下壕は、
手のひらの長さぐらいの大きさしかないトンカチなようなもの
で掘られた。 1日に1メートルしか掘り進めなかったそうだ。
しかも、硫黄島は地熱や島の位置などから、時には気温が60℃
を超える。連続した作業は5分も続かなかったそうだ。

栗林中将は、部下たちに「自決」と「万歳突撃」の禁止を命じた。
これには部下たちから批判が続出した。 なぜなら、硫黄島が陥落
されることは、みんな分かっていた。 であれば潔く最期を遂げる
のが、日本兵の武士道ならではの習わしだったからだ。
特に捕虜になることは恥ずべきとされていたからである。

しかし、栗林中将には考えがあっての命令であった。 硫黄島は
日本への本土爆撃のための拠点として必要だったから陥落が一日
伸びれば、一日爆撃が遅れる。爆撃が一日遅れれば、その一日分、
日本国民の命が救われる。
したがって、潔く死なずにできるだけ粘る方が良い。

栗林中将はみんなをそう説得し、日本国民を護るために戦って
いる日本兵は納得した。そして、硫黄島の陥落を5日間と予定
していたが、日本軍の奮闘で36日間もかかった。31日分の
日本人の命が救われた。その救われた命は誰の命だろう。

陥落されると分かっていながら、灼熱の60℃の中で地下壕を
堀り、蒸し風呂状態の壕の中でじっと耐え、武器を持って立ち
はだかった。 これは生半可な気持ちでできるわけがない。
なんのために、日本兵はここまでしたのか。
それは決まっている。
本土にいる女・子供のため、我々の未来のため、
つまり私たちのためにやったのだ。

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■トランプ政権の中枢幹部がまたまた大きく変わる
・大統領補佐官がマクマスターからボルトンへ(元国連大使)
・国務長官がティラーソンからポンペオへ(CIA長官)
・国家経済会議議長コーンからクドローへ(経済評論家)

マスコミは「恫喝外交」助長の懸念と報道しているが、よっぽど
習Chinaのほうが、現に南シナ海諸島を軍事基地化し「恫喝外交」
しているではないか。
[ 2018/03/25 10:19 ] あれこれ気になること | TB(-) | CM(0)

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